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中尾彬の若い頃はイケメンだった?年代ごとの顔画像一覧!

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俳優やタレントなどで活躍した中尾彬さんが亡くなられたことが2024年5月22日に判明しました。

テレビでもよく見た方ですが、若い頃がイケメンだったということはご存知でしょうか。

この記事では、中尾彬さんの若い頃の画像をまとめていきます。

中尾彬の若い頃の画像

中尾彬さんといえば、マフラーやスカーフを首元からぐるぐる巻きにする「ねじねじ」をトレードマークをしているおじいさんというイメージだと思います。

ただ、若い頃はとてもイケメンな方だったのだそうです。

本当なのかどうか調査していきます。

1964年

中尾彬さんは、1962年に「夢がいっぱい暴れん坊」でデビューしました。

デビューしてすぐに出演が決まったことから、ずっと俳優として生きていくと思われましたが、絵画を目指していたことから、フランスへ留学してしまいます。

その後、1964年に劇団民藝に研究生として入団し、「月曜日のユカ」に出演したので、その写真を見ていきましょう。

月曜日のユカ引用:X

当時の中尾彬さんは、22歳だと思われますが、顔立ちがしっかりされていてイケメンだと思います。

この作品から中尾彬さんは、期待の新人俳優として注目されるようになり、様々な作品に出演していくようになります。

1978年

そして、1978年から放送が開始した大ヒット作である「暴れん坊将軍」にも中尾彬さんは出演していました。

暴れん坊将軍引用:X

この作品では、冷酷な性格である初代徳川宗春役を演じましたが、この役が大ブレイクのきっかけとなりました。

当時は30代後半となっていますが、イケメンであることは変わらないと思います。

また、中尾彬さんは1978年に個展を2回催し、フランスのル・サロン展「BUNRAKU・狂乱」が大賞に輝いています。

俳優として活躍しつつ、若い頃からの夢である絵画でも成功しているのはすごいですね。

1986年

中尾彬さんは、1986年に自身の代表作となる「極道の妻たち」に出演します。

極道の妻たち引用:X

この作品は、女性たちが主役で新時代のヤクザ映画として東映の一時代を築き、当時はエキストラに本物のヤクザも入っていたそうです。

また、指名手配が紛れ込んでいたこともあり、騒ぎになったこともあったようです。

1998年

中尾彬さんは、1998年に連続ドラマの「GTO」に出演します。

「GTO」では、クセの強い教頭の内山田ひろしを演じていました。

GTOに出演する中尾彬引用:X

この作品への出演をきっかけに現代劇への出演が増えていきます。

ダンディーさがあることから、偉い人の役柄がよく似合いますね。

2005年

中尾彬さんは、2005年に44作目のNHK大河ドラマ「義経」に出演しています。

義経に出演する中尾彬引用:X

当時は、63歳なのですが、若々しさがありながらも、貫禄があると思います。

この「義経」も中尾彬さんの代表作の一つとなっています。

2012年

中尾彬さんは、2012年に「アウトレイジ ビヨンド」に出演します。

アウトレイジビヨンドに出演する中尾彬引用:ライブドアニュース

この作品では、幹部の中でも実力者である山王会幹部・富田役を演じています。

長年ヤクザ系の作品に関わってきていたので、本物のヤクザにも思えてしまうほどの迫力がありました。

見慣れた顔になっていますが、イケオジの部類に入ると思います。

中尾彬の現在の画像

最後に中尾彬さんの現在の画像を見ていきましょう。

中尾彬引用:NEWSポストセブン

中尾彬さんは、今でもCMに出演したりと、精力的に活動をされてきていました。

また、アトリエなどを売却したり、近年終活にも取り組んでいたようなので、しっかり死に向き合えていたのだと思います。

まとめ

今回は、中尾彬さんの過去の画像をまとめてきました。

中尾彬さんの若い頃は、たしかにイケメンで、今もイケオジだと思います。

81歳という年齢で亡くなられてしまったことは悲しいですが、夫婦でしっかり死に向き合ってきていたということから、困ったりすることはないと思います。

死活というものの重要さを伝えてくれたのも中尾彬さんなので、今後は死活をする人も増えるかもしれませんね。

ご冥福をお祈りします。

最後までご覧いただきありがとうございました。